• Harumi

理解するということ

私たちは、互いに「理解」しているのだろうか?

大事な人と本当に理解しあえているのだろうか?



『Nomadland』という映画をみた。



見る者によって、映画の良し悪しは分かれるだろうと言われている映画は、季節労働の現場を渡り歩きながら車上生活をする現代版遊牧民のような暮らしをする人たちの話。どこか自分と重なる部分があるのだろうと思い、お誕生日の日に何年振りかに映画館に出向いてみた。



この映画の中で、平凡でも平穏な暮らしに身を置く主人公の妹とのやりとりがとても強烈に響いた。憧れつつも頑固な生き方に「理解できない」という妹さんの言葉に、ふと「理解という名の愛が欲しい」って山田ズーニーさんの本のタイトルを思い出した。



私は人を「理解する」ということは出来ないと思っている。ましてや理解しあっていると思うことは、多分錯覚じゃないかな。



なので大事なのは「理解しようとすること」。恐れずにいえば、理解しようという姿勢にこそ愛があるのだと思うのです。




「理解しようとすること」。

たった一人でも短い時間でも、そんな方との出会いがあれば、この人生とてつもなく豊かだと思う。



永遠に一人ぽっちなのかなって思うような風景の中で偶然に出会う人たちに「また会おう」と送り合う。理解という愛はどこかそれに似ているような気がする。

 


また会いましょう!


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