• Harumi

自分らしさの奥にあるもの

自分らしさとはどういったことをいうのだろうか?


例えば、自分の経歴や経験を振り返る

  • 長いこと海外に住んでいる

  • ハイブランドでアシスタントマネジャーに抜擢された

  • シンガポールで小さく起業

  • 海外に住む方たちにインタビュー

  • スーツケースひとつだけの移動生活(6年)


などなど。


こうしたことは私の経験であり、ユニークさであり、私らしさを表すことではある。とはいえ、私の根本を表しているのかというと少し違うように思うのですが、如何でしょうか。


こうした経験ができたのは、ある部分では時代背景や運(努力することのできる土台)もあり。さらに、経験したことの価値観が変わっていく中で、真のらしさとは、一体どこにあるのだろうか?


そんなことを長いこと考えている中で、去年に始めた「自分の尊厳を深める」をテーマに友人と対談する活動をして気づいたのは、自分の中にある「尊厳」。


尊厳とは、全ての価値と心の弱さや傷つきやすさを受け入れることによって開かれる心の平和。人は自らの尊厳を相手の目の中に見出した時に初めて、その真価を理解するもの。(dignityからの引用)


今日は、このことで思い出す私のエピソードのご紹介です。それは英国のディオールで働いているときのこと。少し店内が混雑してきたので、今のうちにレジのお金を両替しておこうと思って起きた紛失事件のお話。




レジのお金を少しだけ取り、ショッピング袋に入れて。近くにいた同僚たちに「両替してくるね!」と声をかけ、レジの下にある透明な袋を出そうとしゃがみ込んだとき起きた。


接客をしていた他の同僚がレジの横にあったショッピング袋の中に、商品を入れてお客様に渡してしまったのでした。


アレっ? 無い!と思ったときには遅し。


同僚も私も慌てて探したがお客様は人混みの中に消えてもう見えない。肩をガックリと落とし戻る同僚を宥めながら、私の責任と詫びました。


当時、アシスタントマネジャーだった私は、このことをお店側にも報告しなければならない。様々な事件などを対応する部署に報告に行ったのです。そこは滅多にいくところではなく、とても緊張しました。手短に状況を説明し、すぐに頭を下げ謝りました。


ちょっと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、色々な尋問が続きました。そりゃそうですよね。私や、もしかしたら同僚が意図的にしたということも考える訳で。


責任者も業務ですから、細かく尋問されました。その度に私は「大変申し訳ありません。自分の責任です。」を繰り返し、同僚がやったのではないかと聞かれても、ひたすら「いいえ、私の全責任です。」と頭を何度も下げていたのです。


これ以上聞いても同じ答えしか出ないと思ったのでしょうか。2度と無いようにとキツく念を押されて質問は終わりました。


それで、ちょっとホッとし頭を上げて相手を見たときに、「ところで......。あなたは正直でとても勇気がある」と言われたのです。


とても衝撃でした。


穴があったら入りたいほど恐縮していたのに、とても安心し心の中が暖かくなったのを今でも覚えています。


と、これまでこのエピソードは、ある日の出来事として私の記憶の中にずっといた。けれどそれは出来事として残っていただけ。


ところが、この「尊厳」をテーマに対話をしているときに、この話を思い出し再び出来事を眺めてみると、とても厳しい態度で私に尋問を繰り返していたが、実は尊厳を持って接してくれていたと気づいた。


さらに、私の正直さと勇気を受け止めてくれたという、その眼差しが尊厳そのものではないか。


こうして自分の経験を再度見つめてみる時、自分が大事にしている「信頼すべき本質の力」に気づくことができる。経歴や経験以上に深く、もっと根本的なものを表すもの。


自分らしさの奥にあるもの。


自分の尊厳や根本的な自分らしさに、ただ、気づくこと。語ることのできない辛い経験をしながらも、それでも自分の中にはまだ静かに、そして平和に横たわる「自分らしい力」があることに気づけたとき、それだけで自分の人生が愛おしいものだと深く思える。


何をしたかより、どう生きたか。


その自分らしさの奥にあるものを知るとき、どう活かしていくかが自分で見えてくるのだと思います。



新しい企画始めました!




60回の閲覧