• Harumi

巡り巡って自分の「愛」となる

図書館に予約をしてから数ヶ月。やっと届いた漫画「エルメスの道」を読んだ。創業者のティエリ・エルメス氏から始まるエルメス家、「エルメス」のお話。


エルメスがエルメスである所以がわかる。


デパートに行くと、なぜか「エルメス」だけ人が多く、入店の列をみる。この自粛期間中さえそうだった。それが何であれ、エルメスを愛する人は多いのだろう。


エルメスもまた、職人が作る芸術作品。伝統を守りながらも革新を繰り返す。ネタバレになるといけないので、これ以上は書かないが、エルメスが愛された理由が職人たちにあるように思います。




私の考えですが、何百年も続く企業というのは、作り続けることで認められているだけではなく、ある時点からそのエネルギーが逆流するように思います。


そこに愛があるから存在し続ける。そして、そこに触れるからまた愛が生まれるというような循環。


そんなことを思っていたら偶然にも西野亮廣さんのVoicyで「『数字』を追い続けるとロクなことがない話」というのを聞いて、ここよーと共感。


売上げやフォロアーなどの数字。結局、それを意図とするということは、それ以外を意図してないということで、大事なことを捨ててますよって話。


一昔前のように、知名度が高いものを持っている(やっている、触れている)という特別感が魅力だったのだけど、「私は知っている(見つけた)」というところに価値を持つ。


むしろ、無名でも、不完全でも、不便なところにあろうと、自分が心底良いと思ったものに、自ら手間をかけている中の「愛」に、喜びを味わう人が増えている。


どこに意図としているか?


愛の循環に程遠い私がいうのでは説得力が欠けるが、ビジネスも目には見えないところで、どんな価値を循環しているか。そこだなーと思う。


ビジネスの基本があるにせよ、これをすれば成功するというのが失いつつある中で、誰もがトライ&エラーで進んでいくしかないのだろうと思います。


他方で、こうした歴史ある企業のスピリッツに触れると、(稲盛氏や松下氏など)根本は同じことを向いていらっしゃるように思います。


そして、いよいよ問われているのは、それを持つ(知る触れる)者が、それをどう自覚しているのか?


自分は何を選択し、どう良しとするのか?その価値観が巡り巡って自分の「愛」となる。その愛あるものが愛を口にすることで広がっていく、その真の価値が循環される社会がいいね。


Art of Life、そのものが価値となるように。




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